
現代に生きる作曲家による日本歌曲を教材として扱うことは、生徒たちが今の時代における音楽文化の継承者となり、エージェンシー(自分ごととして関わる力)を発揮するための重要な鍵となります。本記事では、上野学園短期大学・内田有一教授らが開発した動画教材を活用し、「詩と音楽との関わり」をより深く、実感をもって理解するための授業実践をご提案します。
文:内田有一(上野学園短期大学教授)
教材開発・監修:細谷美直(上野学園短期大学教授)/内田有一(上野学園短期大学教授)
歌:町田芽吹 ピアノ: 鈴木奈津子
動画制作:吉田圭佑
「日本語の歌」で詩と音楽との関わりを学習する
19世紀には、ピアノの発達により、歌とピアノが一体となった芸術歌曲が生まれました。『魔王』はシューベルトによるリートの代表作として、中学校の鑑賞において長年親しまれてきました。芸術歌曲は、フランスでは「メロディ」、ロシアでは「ロマンス」と呼ばれ、それぞれ珠玉の音楽財産となっています。そして日本では山田耕筰らによる大正期の作品が日本歌曲の草分けとなり、現在まで発展してきました。
歌曲は詩と音楽が一体となった芸術ですので、日本の子どもたちが詩と音楽との関りを学習するためには、母国語である日本歌曲の鑑賞が適切です。皆さまは、日本歌曲といえば、『赤とんぼ』や『浜辺の歌』などをまず思い浮かべることでしょう。これらは歴史的評価が定まった作品であり、日本語による詩を読み味わい、それがどのような音楽と一体化して歌となるのかについて、子どもたちは考え、よさや美しさを見いだせることでしょう。
その一方で、今回は、現代に生きる作曲家による日本歌曲の鑑賞教材をご紹介します。現代の作品は、子どもたちが共感できる詩や音楽によるものが多くあり、子どもたちの興味関心を高めることが期待できます。現代の作曲家が生み出す作品は、歴史的評価は定まっていません。だからこそ教材の価値があります。なぜなら現代に生まれた音楽を評価し、次世代につないでいく文化の継承者は子どもたちだからです。歴史的評価が定まった作品を聴き味わうとともに、現代の作品を評価して聴き味わうという学習は、子どもたちにとって、文化の継承者の主役になるというリアリティのある学びになります。
また、こうした教材を用いることで、子どもたちが実社会に関わるエージェンシーを発揮し、音楽文化に豊かに関わるための力を養う授業を展開することができます。
この動画教材における演奏は、日本語の舞台発声の理論に基づいています。日本歌曲における発声、発音の不自然さは、すでに山田耕筰が指摘しており、日本語の舞台発声の理論については、現代においてもなお解決すべき課題が残されています。監修者である細谷美直(上野学園短期大学教授)は、長年にわたり日本語の美しい発声、発音の理論を研究してきました。その成果が歌手の演奏に生かされ、日本歌曲のよさや美しさが表現される演奏となっています。
中学校『愛されている』(星野富弘詩/なかにしあかね作曲)
中学校における歌曲の鑑賞で、母国語による日本歌曲のよさや美しさを聴き味わう教材として、『愛されている』の鑑賞用動画を作成しました。
『愛されている』は、美しい旋律とピアノ伴奏によって、詩が表す心情に生徒が共感できる曲です。曲は有節歌曲で、1番と2番が同じ歌詞になっています。「手を伸ばせば届くところ」、「眠れない夜は」の部分が、一番ではヘ長調Ⅰの和音が使われていることに対して2番ではⅥの和音が使われ、旋律線が異なります。この音楽の構造の違いを知覚し、曲想の変化を感受することを通して、曲の構成とその表現効果の理解を深める授業が展開できます。
授業の展開例
・『愛されている』の詩はどのような心情(心)を表しているでしょう?
・1番と2番を比較して聴き、異なる個所を見つけます。1番と2番の違いとその効果について考えましょう
・『愛されている』のよさや美しさを聴き味わいましょう
中学校『おんがく』(まど・みちお詩/木下牧子作曲)
もうひとつ中学校における歌曲の鑑賞教材として、『おんがく』(まど・みちお詩/木下牧子曲)の動画を作成しました。中学生が自由に想像をふくらませることができる詩による美しい歌曲です。
『おんがく』の歌詞は、五感からあえて聴覚を外して、視覚、臭覚、触覚、味覚といった感覚で音楽を味わうという表現が特徴的です。その詩から表現される音楽への愛情を中学生は感じ取ることができることでしょう。曲は詩の前半が再現されており、再現の効果を感受することを通して、曲想と構成との関りを考える授業が展開できます。
授業の展開例
・『おんがく』の詩はどのような心情(心)を表しているでしょう?
・歌詞の前半が再現されます。その効果について考えましょう
・『おんがく』のよさや美しさを聴き味わいましょう
高等学校『物語』(三好達治詩/木下牧子作曲)
高等学校では、日本歌曲、ドイツリートやイタリア古典歌曲など諸外国の歌曲を鑑賞します。母国語による日本歌曲は、生徒たちが国語科における詩の読解の知識を活用して、主体的によさや美しさを聴き味わうことができます。そこで『物語』の鑑賞用動画を作成しました。
『物語』(三好達治詩/木下牧子作曲)は、思索を深める発達段階にある高校生において、よさや美しさを聴き味わうのに適した曲です。詩にある「恋の物語」、「罪の物語」という対比から、自由に想像して、曲想と音楽の構造および歌詞の内容との関りを考える授業が展開できます。作詩者である三好達治は萩原朔太郎の妹アイとの恋愛と結婚の破談を経験し、その視点の解釈も存在します。しかし、作詩者は詩的主体であるため、作詩者の個人的背景にたよらない生徒の自由な解釈を大切にするとよいでしょう。
授業の展開例
・「恋の物語」と「罪の物語」の対比から、詩の表す情景を想像しよう
・この詩はどのような心情を表していますか?
・音楽の特徴と詩の内容との関りから、『物語』のよさや美しさを聴き味わいましょう
