
東日本大震災から十余年の時を経て、いまや卒業式の定番となった合唱曲『群青』の作者が、当時を振り返り、制作秘話を語ります。
[楽曲]
『群青』(混声三部合唱) 福島県南相馬市立小高中学校平成24年度卒業生(構成・小田美樹)作詞/小田美樹作曲
[収録曲集]
『レッツ・コーラス! 第三版』他
小田美樹(福島県いわき市立玉川中学校教諭) 構成:小島綾野(音楽科教育ジャーナリスト)
卒業式に合う曲が「ないなら、つくるしかない」
福島県南相馬市立小高中学校の卒業式で『群青』を初めて歌った学年は、1年生の年度末に東日本大震災に遭いました。この学年は津波で2名の仲間を失い、原子力発電所の事故で町は避難区域となり、生徒たちは全国に散り散りになりました。他校に間借りした仮設校舎に当初戻ってこられたのは7名だけでした。
震災翌年(彼らの1年先輩)の卒業式で、私はスタンダードな卒業ソングを選んだんです。でも、「未来に向かって進んでいこう」という希望に満ちた歌詞は、いつ故郷に帰れるとも分からない彼らの心境とまったく合わなくて、卒業式の合唱は、ひじょうに寂しいものになりました。私の選曲と指導力不足による失敗でした。
猛省し、翌年のこの子たちには、彼らの心情に寄り添った曲を選ぼうと決めました。でも、そんな曲は見つからず、「ないなら、つくるしかない」と思ったんです。「自分はこういう思いを持っていた」と思えるような曲を。その元になったのは、彼らの作文や発言などの膨大な資料です。この状況下での彼らの言葉を忘れないよう、私が書き留めていたメモもありました。
子どもたちの言葉から得た気づきが歌詞に
詩をつくるときに心がけたのは、直接的な言葉を使わないこと。地震・津波・死……それから「会えない」などの否定的な表現です。「明日も会えるのかな」という歌詞も、実際には放課後に話し込んでいた子たちに私が「早く帰りなさい」と促したときの、彼女たちの「明日もう会えないかもしれないんだよ!」という言葉でした。
それから、震災後には生徒だけではなく教師も減ってしまったので、私は音楽の他に美術の授業も受け持ちました。でも混乱の中で十分な授業準備ができず、各地に避難していった仲間たちの写真を日本地図に貼って大きな作品をつくることに。今思えば酷なことだったかもしれません。友達の写真を貼りながら「こんな遠くにいるんだ」と泣き出した子もいました。すると、そこで鉄道好きの男の子が「この電車に乗れば、この道を通れば行ける」と説明してくれ、「それに、空はつながっているからね」と言ったのです。
彼の言葉は私の心にずしんと響きました。「空はつながっている」と歌う曲を、私は何度となく聴いてきましたが、その子の言葉はそれらの歌詞とはまったく違う印象で、さらに言えば、それまでにその言葉を使って詩をつくってこられた方々の思いが、初めて本当に分かった気がしたんです。そんなふうに、私も被災者として精いっぱいの日々を送る中で、子どもたちから気づかされることや、慰められることがたくさんあって、それを記録しておきたいという気持ちは、自分のためでもあったのかもしれません。この彼の言葉は「君も同じ空 きっと見上げてるはず」という歌詞になりました。
最初の部分が歌いにくい理由
旋律に関しても、決めていたことが一つあります。その当時、変声が落ち着かず、歌える音域がごく狭い男の子がいて、たいていの曲は彼の音域に合わなくて、「オレは音痴なんだ」と前向きになれずにいた。だから少しでも、彼が自信を持って歌える部分をつくりたいな、と。それが冒頭の、音域の低い部分です。「最初の部分が歌いにくい」というご意見は多くいただくのですが、そのような事情で彼のためにつくった部分なので、ご理解いただければと思います。
あなたの3年間の思いをのせて歌ってほしい
「どんな思いでこの曲を歌えばいいのですか」という質問もたくさんいただきます。この曲を通して震災について知り、私たちの背景を汲んで歌ってくださるのはありがたいです。でも、卒業式の合唱として選曲してくださる方は、「またここで会おう」というメッセージや一緒に見た光景・一緒に感じた感情というところに共感してくださっているのでしょう。どの地域の中学生も思い悩みながら3年間を過ごしているだろうし、その気持ちをのせて歌っていただければうれしいです。

子どもたちの歌声を全国トップレベルへと導き、合唱の楽しさを伝える達人・横田純子(東京都府中市立府中第四中学校指導教諭)と「教育音楽」編集部が自信をもってお届けするクラス合唱曲集。5年ぶりの改訂となる第三版では、待望の『群青』をはじめ人気曲『言葉にすれば』の混声三部合唱版、横山潤子編曲『水平線』(backnumber)、田中達也編曲『サザンカ』(SEKAI NO OWARI)、信長貴富編曲『仰げば尊し』など計9曲の新収録曲に加え、合唱指揮者・作曲家として日本の合唱界を牽引する相澤直人氏書き下ろしの発声練習曲『umAida!』を新たに掲載。音楽の授業・校内合唱コンクール・卒業行事を盛り上げる選りすぐりのレパートリーで編んだクラス合唱曲集の決定版。