
学校に演奏家を招き、子どもたちがプロの演奏を体感する「校内音楽鑑賞教室」「アウトリーチコンサート」……これらの行事は長年にわたり全国で行なわれている。だが今回、新宿区立四谷中学校で行なわれたコンサートは、取材陣が「ああ、よくある鑑賞教室ね」と想像していたものとは大きく異なっていた。五感で音楽に没入する「体感」、アーティストと学校・生徒たちの「協働」、そしてそれを仕掛けた先生の「プロデュース力」とは……。
令和6年度 笑顔と学びの体験活動プロジェクト
「和」の魅力と「洋」との融合
~唯一無二の演奏と一期一会の体感~
2024年12月13日 新宿区立四谷中学校
取材・文:小島綾野(音楽科教育ジャーナリスト)
写真:編集部
いつもの体育館がライブハウスに早変わり!
2024年12月13日。四谷中学校の体育館を訪れ、まず言葉を失った。いつもは生徒たちが体育の授業や集会などを行っている体育館が、まるでライブハウスのよう。プロの照明や音響機材が入り、スモークが漂う特別な雰囲気に客席の生徒たちの気分も高揚する。
そして開演時刻になり、照明が幻想的なブルーに変わると……響いた尺八の一声で、一瞬にして生徒たちが静まり返った。演奏は、和楽器アンサンブル真秀(まほら)。日本の伝統的な楽器・その優れた演奏技術と現代的な演出をかけ合わせたパフォーマンスで、動画サイトなどでも世界中のファンを魅了しているアンサンブル集団だ。

和楽器アンサンブル真秀(まほら)。箏・十七絃・胡弓・尺八を中心に、日本の伝統楽器の魅力を世界に発信している
生徒たちが息を呑み、迫力と魅力にあふれる和楽器のサウンドに心を奪われる。音楽自体のクオリティもさることながら、この本格的な会場の雰囲気が生徒たちを音楽に没入させ、音楽を存分に味わうための一助になっているよう。
一方で、和楽器は生徒たちが音楽の授業で学んできたものでもある。授業の中で、いわば義務的に学んだ和楽器が今、素晴らしい魅力を放って自分の心をつかんでいる……それは生徒たちにとって、授業で学んだことの意味を改めて実感する瞬間でもあっただろう。
プロフェッショナルと生徒がコラボ。音楽がより身近な存在に
「真秀」によるステージに続き、和服を着た20数名の生徒たちが登場して「真秀」メンバーとのコラボで『さくらさくら』を演奏する。普段と雰囲気の異なる友達の姿に客席の生徒たちから歓声が上がり、真剣に箏を奏でるクラスメイトの横顔にハッとする。
彼らは今日の本番に先立ち、「真秀」メンバーと3回のクリニックを行ない、演奏の手ほどきを受けてきた。その中で、彼らは学校外のプロフェッショナルと関わりながら成長する機会を得て、客席の生徒たちは仲間の成長を応援することや、仲間の新たな姿に気づく喜びを知った。

代表生徒は立候補の他、友人や先生から「この機会に出てみたら」と声を掛けられて挑戦した生徒も。いろいろな生徒にスポットライトを浴びる経験をさせるためだ

当日のリハーサルでは、本番直前まで「真秀」の代表・青木礼子さんをはじめ、メンバー全員で生徒たちを指導。「背中をまっすぐ伸ばそう。かっこよくね」と和服での所作も指南
生徒たちと「真秀」とのコラボはそれだけに留まらず、次は授業でおなじみのアルトリコーダーと「真秀」メンバーの尺八を組み合わせたアンサンブルで『カノン』(パッヘルベル)を。
さらに、特別支援学級の生徒と「真秀」メンバーによる和太鼓の演奏が続き、生徒たちの聴き方も「プロの演奏に聴き惚れる」というものから「プロとコラボする仲間を応援する」「仲間の頑張りを讃える」という向きになっていく。それにつれ、遠くに感じられていた音楽が、ますます身近に思えるようにもなっただろう。

尺八とリコーダー、志願した生徒によるファゴットも加わっての『カノン』。和と洋の音の融合に客席の生徒たちも耳を澄ます

「真秀」の太鼓奏者・冨田慎平さんと特別支援学級の生徒による和太鼓演奏『太鼓乱舞~ダンダダン~』。冨田さんの締太鼓による地打ちにのり、勇壮なリズムパターンが繰り返し奏でられる
誰一人取り残さず全校生徒で楽しめるイベントを目指して
生徒たちの熱狂はやまず、「真秀」と吹奏楽部とのコラボ演奏へと続く。そして最後は「真秀」の演奏とともに全校合唱。「お客さん」だった生徒たちも歌で音楽に参加し、プロとアマの垣根を越えて音楽の一員となる喜びを味わった。
代表生徒だけが参加するイベントではなく、誰一人取り残さず、ステージと客席が一体となって全校生徒で楽しむことが大きなねらいである。また、体育館がライブハウスに変わり、卓越した和楽器の演奏を間近に体感し、普段の仲間がプロと共演(競演)するアーティストになったこの日の記憶は、鮮明に生徒たちの心に焼き付いただろう。

「真秀」と吹奏楽部のコラボは『君の名は。』メドレー。映画の名シーンを彩った曲が、和洋の楽器でひときわ感動的な響きに

最後は「真秀」+全校生徒で『正解』(RADWIMPS)を合唱。前面のスクリーンに歌詞が投映され、みんな迷うことなく熱唱できる!
「音楽を通してさまざまな立場の方と関わり合う機会にしたかった」
このスペシャルイベントの「プロデューサー」が、当校副校長の小泉雅一先生だ。東京都教育委員会が行なう「笑顔と学びの体験活動プロジェクト」を活用し、費用面で助成を受ける一方、内容についてはパッケージ化されたものを選ぶのではなく、出演者の選定からプログラムまで、一から小泉先生が企画を立てた。
「真秀」へ直々に出演依頼をしたのも小泉先生だ。その音楽のクオリティはもとより、伝統的な和楽器の魅力を発信しつつも「和楽器でこんなこともできる」という新たな試みに挑戦し続けている「真秀」。動画サイトなどを通し、まず自身が「真秀」に惚れ込んだ小泉先生には「そんな彼らだからこそ、中学生とのコラボを通して、期待以上の相乗効果が得られるのではないか」という思惑もあったという。
というのも、小泉先生がこのイベントにかけた一番のねらいは「音楽鑑賞教室」ではなく、「社会のさまざまな人と生徒たちが交流する」ということだった。「本校では日頃から『他者との関わり』を大切にして教育活動を行なっています。ですからこのイベントも、『音楽そのものを楽しむ』だけでなく『音楽を通してさまざまな立場の方と関わり合う機会』にしたかったんです」と小泉先生。
「『プロの音楽家の演奏を聴く』だけのプログラムなら、すでにパッケージ化されたものがたくさんありますし、準備にこれほど手がかかることもないでしょう。プロの演奏家と生徒たちが関わり合って、共にステージを創り上げる体験は、演奏技術を磨き、知識を得るだけでなく、相手を理解し、思いやる心を育む機会にもなります。この趣旨に賛同を得て、それを実現させるためには、学校とアーティストとで信頼関係を築き上げることが不可欠です」と、小泉先生は自ら「真秀」と掛け合ってこのステージの実現にこぎつけた。
そんな先生の熱意に、「真秀」側も胸を揺さぶられたのか、生徒たちへの演奏指導にも一段と熱心に取り組んでくれたという。「『謝礼を支払うから、学校側の要望を一方的に受け入れてください』という形にもしたくなかったんです。アーティスト側にも『学校で演奏するのなら、こんなパフォーマンスもしてみたい』などという思いがあるのではないかと考え、学校がやりたいこととアーティストがやりたいことを擦り合わせwin-winとなる点を探ることを大切にしました」。

「真秀」と吹奏楽部顧問の先生方のコラボで『Jupiter』を演奏。「大人が楽しむ姿も見せて、子どもたちに『じゃあ、自分たちも!』と励みにしてほしくて。そのためにも『まずは自分も楽しまなきゃ』と思っています」と小泉先生
「そうしてアーティストと学校の双方が寄り添うことで、実際のステージも人の心を揺さぶる要素が加わると思う。プロの演奏者であれば演奏技術の質は変わらないかもしれませんが、音楽は人間同士の関わり合いで生まれてくるものです。ですから、アーティスト同士やアーティストと観客との関わり方によって感覚的には大きく変わるでしょう。芸術文化教育では、生徒たちに演奏技術の良し悪しだけでなく、演奏に込められたアーティストの心情やメッセージなどを受け取る感受性を育てることも必要だと考え、まずはプロデューサーとしてアーティストとたくさん関わりを持ち、生徒たちともたくさん関わっていただきながら企画を進めてきました」……そのような小泉先生のコンセプトは、学校と社会が関わり合って何かを企画する際にもっとも大切なことの一つかもしれない。
人と人をつなぎ笑顔をもたらす「プロデュース」の力
また、企画運営に多忙を極めつつ、小泉先生自身もその背中を生徒たちに見せてきた。「出演生徒分の和服をレンタルしてくれる業者との交渉も、着付けを手伝っていただく保護者の手配もありました。でも、身なりから伝統文化を経験できたことを子どもたちはすごく喜んでくれましたし、手伝いをされた保護者の方々もそれを楽しんでくれて」と小泉先生。
コンサートを通じて「和服」など、音楽とは別ジャンルの伝統文化との関わりや、それにまつわる仕事をする方々などとのつながりを生み出し、生徒だけでなく保護者や各所の関係者らにもやりがいや喜びをもたらした。
さまざまな側面で人と人をつなぎ、場を生み出して人に笑顔をもたらす……小泉先生の仕事ぶりを見てきた生徒たちは、そのような「プロデュース」という仕事の存在や意義も、存分に学んだことだろう。