リポート
 

谷川俊太郎没後一年
ぼくらのなかに生き続けることばとうた

大合唱祭「二十億光年のまつり―谷川俊太郎作品を巡る」

詩人・谷川俊太郎さんが惜しまれつつ世を去って1年。その初命日に、東京で合唱祭が開かれました。題して「二十億光年のまつり」。作曲家・指揮者の松下耕さん率いる東京国際合唱機構の企画立案によるこの合唱祭、音楽監督に作曲家の新実徳英さんを迎えるとともに、岸信介、栗山文昭、古橋富士雄、清水敬一、藤井宏樹の各氏、つまり昭和から現在に至って日本のアマチュア合唱界を牽引してきた音楽家が顧問として参加。俊太郎も大好きだった「歌」というものを介してみんなで賑やかに集い、時に笑い、時にほろりとしながら、幸せな一日となるようなお祭りをしようと、多くの合唱関係者が集ったのでした。(山口 敦)

大合唱祭「二十億光年のまつり―谷川俊太郎作品を巡る」
2025年11月13日 第一生命ホール
主催:(一社)東京国際合唱機構
特別協力:音楽之友社/全音楽譜出版社/カワイ出版


リポート:山口 敦(ライター/舞台写真家/ステージマネージャー)
写真長谷川恭子

言葉と音楽が織り込まれた壮大なタペストリー

平日の昼夜開催ということもあって残念ながら小中高校生の参加はなかったものの、大学生からベテランまで幅広い年代の14の合唱団、俊太郎さんの息子で作曲家・ピアニストの谷川賢作さんもゲストに迎えたうえ、締めくくりには新実徳英さんの指揮で200人の合同合唱。盛りだくさんのメニューで歌われた全36曲の作曲家を登場順に記すなら、松下耕、三宅悠太、信長貴富、千原英喜、谷川賢作、高井達雄、丸尾喜久子、木下牧子、萩京子、上田真樹、三善晃、新実徳英。世代順にいうなら1933年生まれ、すなわちほぼ俊太郎さんと同世代の三善晃、高井達雄両氏から、その半世紀後、1983年生まれの三宅悠太さんまで12人の作曲家の選び抜かれた作品を、色とりどりの表現でそれぞれの合唱団が歌い上げました。まさに壮大な「音と言葉のタペストリー」が広げられたような1日です。

このタペストリー(織物)ですが、縦糸と横糸があるんだろうな、と考えてみました。一つは合唱祭のタイトルともなった「二十億光年」という言葉、もう一つは合同合唱ほかで歌われた「生きる」という言葉、二つのキーワードによって織られている、そんな気がしたのです。

三善晃作曲『生きる』を淡々と、しかし聴くものの心に杭を打ち込むように表現した栗友会合唱団谷川組
指揮:栗山文昭/ピアノ:浅井道子

この日、ナビゲーターを務めた新実徳英さんが解説してくださいましたが、「二十億光年」というのは、俊太郎さんが1950年代初頭、デビュー作となる詩集『二十億光年の孤独』を書いた当時に世間で知られていた宇宙の大きさだそう。弱冠18歳の俊太郎さんは、宇宙全体のなかに今生きている自分を置き、そして「孤独」という。確かに少年時代の彼は集団行動や人との付き合いが苦手で、高校もやっとのことで卒業したそうなのですが、この「孤独」という言葉には、自分の単純な寂しさではなくもっと多様な寓意を込めていたようです。この日の演奏曲のなかにも、『二十億光年の孤独』(木下牧子作曲)がありました。しかし詩を読むとなにがなんだかわからない。それぞれの連の意味はわかるけれど、では「作者が一番言いたいことを書きなさい」という発問を受けて、僕らはいったいどう答えるか? 何が正解だろうか? 「あなたの好きに書けばいいんだよ」という俊太郎さんの声がなんとなく聞こえてくるのは気のせいでしょうか?

「生きる」という詩からは3曲。三善晃、新実徳英両氏の作曲、またYorifumi Yaguchi & Gary Treryarの英訳による『To Live』、これは松下耕さんの作曲です。のどがかわくということ、ふっと或るメロディを思い出すということ、くしゃみをすること、すべての美しいものに出会うこと、かくされた悪を注意深くこばむこと。「いま生きるということ」を、実にたくさん、かつ淡々と具体的に彼は列挙しています。これほどたくさんの意味を含んでいる。どのような見方もできる。やはりここでも、「あなたの好きに考えればいいんだよ」という飄々とした口ぶりが浮かんできたりもするのです。

東京メトロポリタン合唱団 指揮:松下 耕/ピアノ:前田勝則

湘南市民コール 町田市民合唱団 松原混声合唱団 合同合唱団 指揮:清水敬一/ピアノ:小田裕之

民藝の詩人

俊太郎さんは「国民的詩人」とよく言われています。ご本人は常日頃、「大芸術家」とか「先生」とか、偉く奉られるような呼び方が大嫌いだったそうで、「国民的詩人」という呼び方もお気に召していたかはわからないのですが、この「国民的」というのは、もしかしたら「名もなきひとりの民」と読み替えてしまえば、どうでしょうか。というのも、俊太郎さんの詩を読んでいるうちに、「民藝」というものに思い当たったからです。思想家・柳宗悦や陶芸家・浜田庄司らが提唱した「民藝運動」は、名もなき職人の手から生み出された日常の生活道具を「民藝(民衆的工芸)」と名付け、美は生活の中にある、と謳っています。日々生きていくなかで言葉を書き留めていった俊太郎さんの作品はまさに「民藝」といえるような気がします。実際、この日の合唱祭は、俊太郎さんが詠んだ言葉を作曲家と演奏者が受け止め、解釈して歌い、編み直した壮大なタペストリー、まさに民藝品であったわけです。

音楽好き、歌好きでありつづけてくれてありがとう

俊太郎さんの詩を見わたしてみると、そのあちこちに、音楽や音についての言葉、あるいは「耳をすます」というような言葉が見つかる。よく知られていることと思いますが、俊太郎さんはことあるごとに「詩と歌は恋人同士」と言っていたそうです。ある時はもっとダイレクトに、詩なんて世界からなくなったって別にいいけど、音楽がなくなったら絶対にいやだ、とも。実際、俊太郎さんは歌うのが大好きだったそうで、その証人はたくさんいます。音楽好きなご両親のもとで生まれ育ち、そこから生涯、音楽とともに生きる人間であったことを喜びたい。俊太郎少年をそう育てた、まわりの大人や仲間たちに改めて感謝したい。そして俊太郎さんが13歳で敗戦を迎えていることを知ると、戦争中に音楽の素晴らしさ教えたくても教えることができなかったであろう、学校の音楽の先生がたのお気持ちも察したいです。

この音楽好きのDNAは息子の賢作さんへも伝わっていて、ジャズピアニストであり、テレビ、映画音楽ほか幅広く作曲家としても活躍する賢作さんはこの日、ピアノの弾き語りで登場。父子合作の国立第七小学校校歌と、高齢者施設のために書いた『よりあいのうた』、この歌たちを聴くと、日々、とかく「合唱曲」という固定されたフォーマットのなかで暮らしがちな合唱愛好者たちにとって(固定されたフォーマットのなかに磨かれた多彩な個性がひしめく、その多様性を楽しめるのがまた合唱音楽のよさであるのですが)、このとびきり素敵な校歌や抱腹絶倒のお年寄りの寄り合いぶりを聴くと、ああ、俊太郎さんはやはり「みんなのともだち」なんだなと改めて気づく。「民藝」であると仮定すれば、タペストリーもあれば服も靴も、食器もある。日々の暮らしのなかに身近にあって、生活をちょっと豊かにしてくれるもの。短い2曲ながらそのことに気づかせてくれたように思います。

谷川賢作さんによる弾き語り。賢作さんは、合唱のリハーサル終了から開場までのほんの10分間ほどのサウンドチェックの間に『鉄腕アトム』(高井達雄作曲)の弾き語りを舞台スタッフだけに披露したという

地平線のかなたへの誘い

そして「二十億光年」の意味を告げてくれた新実徳英さんにも感謝。このキーワードから実にいろいろな思いを巡らせることができました。俊太郎さんは天文学少年ではなかった(模型飛行機、真空管ラジオづくり、そして詩を書くことが趣味だったそう)ですが、宇宙の地平線のかなたまで見てみたいという彼の探究心は果てしなく、言葉と音楽を通じて、日常と宇宙を地続きにしてしまったのです。いまここに生きていて、当たり前の日常の、ささやかな一瞬の連なりを詠みつづけたことによって。

合唱団樹の会 指揮:藤井宏樹/ピアノ:五味貴秋

[昼の部]

アンサンブル・ギオーネ(女声)
指揮:斉藤暢子 ピアノ:川原彩子
『きみに』『未来へ』(松下 耕作曲)

室内合唱団うぐいす(混声)
ピアノ:大堀さち
『私が歌う理由』(三宅悠太作曲)
『祈ってもいいだろうか』(信長貴富作曲)

女声合唱団ジュディ
指揮:岸 信介 ピアノ:法嶋晶子
「詩人の墓〈第一部〉」より『2.ある所にひとりの若い男がいた』(千原英喜作曲

アンサンブル濤音-tone-(女声)
指揮:森永淳一 ピアノ:高橋典子
『静かな雨の夜に』(松下 耕作曲)
『To Live』(松下 耕作曲)

N.F.レディースシンガーズ
指揮:古橋富士雄 ピアノ:秋野淳子
『母のまなざし 父のひとこと』(谷川賢作作曲)
『未来へ』(信長貴富作曲)
『鉄腕アトム』(高井道雄作曲/古橋富士雄編曲)

聖セシリア女声アンサンブル
指揮:松下 耕 ピアノ:前田勝則
『かぞえうた』(松下 耕作曲)
『どうして一緒にいるんだろう』(松下 耕作曲)

コーロ・マグノリア(女声)
指揮:福嶋浩美 ピアノ:佐藤文雄
「詩人の墓〈第一部〉」より『3.男はどんな難しい注文も断らなかった』(千原英喜作曲)

Rose Quartz
指揮:大津康平 ピアノ:谷本喜基
『かわ』(丸尾喜久子作曲)(女声)
『合唱-もうひとつの-』(信長貴富作曲)(混声)

La Fuente Serena(女声)
指揮:佐藤美紀子 ピアノ:横瀬 綾
『春に』(木下牧子作曲)
『未来へ』(松下 耕作曲)

東京ウィメンズ・コーラル・ソサエティ
指揮:岸 信介 ピアノ:法嶋晶子
「詩人の墓〈第二部〉」より『6.いまここだけにぼくは生きてる』『7. 娘は男をこぶしでたたいた』(千原英喜作曲

[夜の部]

合唱団樹の会(混声)
指揮:藤井宏樹 ピアノ:五味貴秋
「きもちのふかみに」より『あい』『みんなやわらかい』『しぬまえにおじいさんのいったこと』『さようなら』『きもちのふかみに』(萩 京子作曲)

東京メトロポリタン合唱団(混声)
指揮:松下 耕 ピアノ:前田勝則
『ふるさとの星』(上田真樹作曲)
『信じる』(松下 耕作曲)
『感謝』(松下 耕作曲)

栗友会合唱団谷川組(混声)
指揮:栗山文昭 ピアノ:浅井道子
『かなしみについて』(三善 晃作曲)
『空』(三善 晃作曲)
『生きる』(三善 晃作曲)

湘南市民コール 町田市民合唱団 松原混声合唱団 合同合唱団(混声)
指揮:清水敬一 ピアノ:小田裕之
「地平線のかなたへ」より『春に』『二十億光年の孤独』『ネロ―愛された小さな犬に―』(木下牧子作曲)

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