
埼玉県加須市立不動岡小学校の清水葉子先生は、誰もが参加でき、一人一人が自分らしく表現できるインクルーシブな音楽づくりに取り組んでいる。本リポートでは、ラップを取り入れ、社会科の歴史学習と結びつけた6年生の「歴史人物ラップ」の実践を紹介する。
リポート・写真:近藤真子(文教大学准教授)
ビートに乗せて、歴史を語る
のどかな田園風景に囲まれた埼玉県加須市立不動岡小学校から、元気なラップの声が響く。全学年単学級のこの学校は、子どもたち一人一人の顔が見え、声がよく聞こえ、温かな空気に包まれている。
音楽専科の清水葉子先生は、昨年春から「子どもたちの力を信じ、引き出す授業」を目指し、誰もが参加できるインクルーシブな音楽づくりに取り組んできた。高学年では、声や言葉を生かして表現できる教材として、ラップミュージックを積極的に授業に取り入れている。
6年生は社会科で歴史の学習が始まり、教室では「もっと知りたい!」という子どもたちの姿が。その思いを音楽と結びつけられないだろうか……。そこで清水先生が考えたのが、歴史と音楽をつなぐ「歴史人物ラップ」である。「ラップミュージックを楽しもう!」(全5時間)という題材のもと、子どもたちは社会科の学習で好きな歴史人物について調べ、音楽の時間に言葉を選び、ビートに乗せて表現していった。言葉とリズムが出合うとき、子どもたちの学びと表現はどのように変わるのだろうか。
まずは自己紹介ラップから(1時間目)
導入は、ラップで自己紹介である。清水先生が「ラップってどんなもの?」と問いかけた瞬間、外国籍のAくんがすっと立ち上がり、いきなりラップを披露し始めた。
♪「俺の名前は○○○○/野球を愛する無敵ボーイ!」
一瞬教室が静まり返る。でもすぐに大きな拍手が起こり、空気が一気に明るくなった。それをきっかけに子どもたちは次々と、ラップについて知っていることを話し始め、清水先生は児童の発言をもとに、ラップの要素を4つに整理した。
・リリック(歌詞・伝えたい思い)
・フロウ(言葉の流れ・配置)
・ライム(韻を踏む)
・ビート(基となるリズム)
この4つを手がかりに、学習を進めていった。
(参考文献:川原繁人(2023)『言語学的ラップの世界』)
声が変わる瞬間(1・2時間目)
清水先生はワークシートを配り、例として自己紹介ラップをつくって見せると、子どもたちは予想以上に生き生きと活動し始めた。最初は戸惑っていた児童も、例を自分のことに置き換えながら少しずつ言葉を乗せていく。得意な児童は自然にライムを取り入れ、個性豊かなラップが生まれはじめた。

ワークシートには8小節(1小節=4拍)分のマスがあり、子どもたちは1小節に入る言葉を記入してラップをつくっていく
2時間目にはラップの鑑賞を行い、リリックやフロウ、ライム、ビートの工夫に着目しながら理解を深めた。その後、自己紹介ラップをさらに改善し、発表へとつなげていった。
バックでビートを流し、2・3人組になって 「ジャンケンラップ」(ビートに乗ってじゃんけんする)を行い、場を温める。そして、いよいよ発表。
人前で話すことを少し恥ずかしく感じる年頃の6年生。普段は声の小さい児童も多い。しかし……ビートが流れた瞬間、動きが変わった! 体でリズムを感じながら、自然と大きな声で自己紹介ラップ。発表後には必ず拍手が起こり、「○○くんのここ、すごく格好よかったね」とよさを言い合う姿が見られた。
静かな子が輝く
物静かで発表が苦手なBくん。小さな文字で何度も書き直しながら、ラップを完成させた。「隣の席の子や仲良しの友達と顔を見合わせ、笑顔でラップを楽しむ姿に胸が熱くなった」と清水先生は語る。
ラップは、声そのものが楽器となる音楽である。そのため、楽器ほど演奏技能の差が目立ちにくく、誰もが参加できる。そのよさが、教室の空気をどんどん変えていった。子どもたちは輪になり、対話しながらラップづくりを進めていった。
いよいよ「歴史人物ラップ」へ!(3・4時間目)
自己紹介ラップで自信がついたところで、本題へ。 3・4時間目はいよいよ歴史人物ラップづくりである。
まずはラップにしたい人物を出し合い、グループ編成。次の9つの「サイファー」(本授業ではグループ名として用いたが、本来ヒップホップ文化では、輪になって即興でラップを交わす場)が誕生した。
・妹子サイファー
・中大兄皇子サイファー
・式部サイファー
・信長サイファー
・天下統一サイファー
・家康サイファー
・北条サイファー
・風林火山サイファー
・ザビエルサイファー
ラップをつくるには、人物理解が欠かせない。2時間目終了時、清水先生はこう伝えていた。「次の時間までに、しっかり調べてきてね」。すると、翌日提出された「自主学習ノート」は圧巻だった。ほぼ全員の自主学習ノートが、いつもとは明らかに違っていた。担当する歴史人物について、調べたことがびっしりと書き込まれていた。
社会科の時間には担任の先生と協力し、調べた内容をグループで整理する時間も設けた。さらにラップ完成後には、Canvaを用いたスライドづくりも行い、計2時間の社会科との連携授業となった。


「歴史人物ラップ」をつくる際のワークシート。下は先生が提示した「源頼朝」の例


音楽が学びを動かす
中でも印象的だったのは、勉強に対してあまり前向きとは言えなかったCくんの姿である。「どうしても織田信長のラップをつくりたい」と、彼は図書館から織田信長に関する漫画書籍を借りてきた。ページをめくりながら人物の生き方やエピソードを追い、自分の言葉でまとめた自主学習は、見開き3ページにも及んでいた。
「人生でこんなに読書したのは初めて! でも楽しかった!」とCくん。その言葉に、清水先生は音楽の力を実感したという。「ラップをつくりたい!」というその思いが、子どもを本に向かわせ、歴史に向かわせ、言葉へと向かわせる。音楽の力が学びの扉を開く瞬間を、清水先生は目の当たりにした。
みんなで育てるラップ(5時間目)
グループで言葉を出し合い、ビートに合わせて試し、何度も修正する。そのプロセスの中で、子どもたちの中に自然と音楽的な視点が生まれていった。
・ライムを入れると説得力が出る
・言い切りの形だとビートに乗りやすい
・フロウを工夫すると伝わりやすい
子どもたちは、ラップの技法が表現にどのように生きるのかを、体感的に理解していった。
さらに、Canvaを使ってラップの内容に合わせたスライドづくりにも取り組んだ。言葉を視覚化することでリリックの見直しが進み、ラップと表現の精度が高まっていった。
いよいよ発表。スライドを背景に、それぞれのグループが歴史人物ラップを披露した。聴く側にとっても歌詞が視覚的に伝わるため理解しやすい。自然と合いの手や応援の声が生まれ、教室は、まるで小さなライブ会場のような一体感に包まれ盛り上がった。
参考映像:信長サイファー
参考映像:家康サイファー
参考映像:ザビエルサイファー
参考映像:妹子サイファー
ラップが広げてくれたもの
清水先生は、今回の実践を振り返り、次のように語る。
「ラップに取り組むことで、児童の音楽表現の幅は大きく広がりました。声そのものを生かした表現、技法を試しながら創作する力、仲間と協働して作品をつくり上げる喜び……そうした学びが自然に生まれていきました。そしてさらに、社会科の歴史学習ともつながり、教科を横断した深い理解へと発展していったように思います。誰もが参加でき、誰もが自分らしく輝くことができる。ラップは極めてインクルーシブな活動であることを、改めて実感しました」。
何より、教師も児童も、とにかく楽しい。笑顔と拍手に包まれながら、言葉とリズムでつながる時間は、教室にこれまでとは少し違う、新しい音楽の風景を生み出していた。ラップという表現は、子どもたちの可能性をひらき、学びの世界を大きく広げてくれる。その力を生かした音楽の授業が、これからも多くの教室で広がっていくことを願っている。

清水葉子先生
